里海の恵み

海に育まれた漁業の島

海に育まれた漁業の海

豊かな海 豊かな魚介類 「明日は沖へ行くぞ」

穴子漁、ふぐ漁古より海上交通の要にあり、伊勢に近く、また奈良の都にも近い位置にあった日間賀島。三千年余り前の縄文時代後期から外洋型の漁業は伝統的に受け継がれ、古墳時代には、発達した漁業技術を背景に海人集団の文化が成立していました。
漁業技術は、他の追随を許さない優れたものでした。
その証として、全国的にも群を抜いて多くの魚を朝廷に貢上していたとされています。また、江戸時代、将軍家や尾張藩に献上する御用鯛は、日間賀島の漁師が承っていました。その漁場、伊勢湾は、入口が狭くて浅い波穏やな湾です。木曽三川の肥沃な大地の養分が汽水に運び込まれ、栄養豊かな海となり、魚介類は、食物連鎖を繰り返し、伊勢湾と知多半島・渥美半島に抱かれた三河湾で育っています。
年月を掛け、海の恵みを育んできた自然。共生するために、工夫された多様な漁法により、全国的にも有数の漁獲高のふぐ、はも等、豊富な魚介類が今も四季折々水揚げされています。試行錯誤を強いられながらも海と調和してきた日間賀島の漁師は、今も海と共に生きています。磯づくりなどの資源保護活動をはじめ、全国的にもいち早く、島として下水道施設を敷設して、海をきれいに守っています。日間賀島には変わらぬ里海・いのちのふる里の心根が脈々と受け継がれています。

日間賀島の海の幸

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